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(写真:震災遺構「仙台市立荒浜小学校」)
 2011年(平成23年)3月11日に発生した「東日本大震災」
 日本人にとって、とても辛い思い出ではありますが、今回の越後・東北ツーリングの締めくくりに、この震災の爪痕を訪ねました。

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松島から仙台港へ南下します。
名古屋、仙台、北海道を結ぶ太平洋フェリーが停泊していました。
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仙台港から更に南下いたしますと、長大な嵩上げ道路の建設現場に遭遇します。
道路兼用の海岸保全施設で、津波から街を守るために建設が進んでいます。
現代の万里の長城であります。
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堤防道路からはこのようなインターで街側へ降りるようになっています。
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そんな、かさ上げ道路の外側(海側)に、東日本大震災震災遺構「仙台市立荒浜小学校」があります。
当日も、多くの一般の方々やマスコミの方々が遺構を訪れていました。

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震災当時、児童や教職員、地域住民ら320人が避難していたそうです。

被災した校舎のありのままの姿と被災直後の写真展示等から、津波の威力や脅威が目の当たりに実感でき、防災・減災の意識を高める場とするため、「震災遺構」として公開されています。
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校庭にあった、二宮金次郎像

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発見時は、校庭から100メートル離れた場所にあったとのことでした。
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荒浜小学校の2階まで津波が押し寄せました。
ひしゃげた手すりが水圧の凄さを物語ります。
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多量の土砂や自動車が流れ込んだ教室はそのまま残されています。
悲しく悔しくそして怖いと思いう気持ちに襲われました。
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荒浜小学校における、地震発生から避難、津波の襲来、そして救助されるまでの経過を写真や映像で紹介されており、災害の備えについて学ぶことができます。
展示室では「3.11荒浜の記憶」において約17分間の映像も放映されています。

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遠くに見える、海岸と松
この穏やかな海が、当時は大きな災害をもたらしました。

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震災遺構として保存され、外付けのエレベーターも整備されています。l
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ひしゃげた1階のドアも、津波のすさまじさを物語る証人です。
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 実際に現地に立つと、心のモチベーションを削がれる感覚を覚えました。

 震災を体験した方々の中にもPTSDも抱えておられるかたも多いとか。

 被災者の皆さんが、一日も早く、元の生活以上に安心して過ごせるようになることを、祈ります。
 少しでも、この災害での犠牲が将来に生きるよう私も今後、さらに防災・減災の意識を高め、私の住む土地にも確実に起こる南海トラフ地震に対しての心構えといたしたいと思います。